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Fuyuhiko

Author:Fuyuhiko
1989年生まれ、東京都内の大学生です。
好きなこと:
早起きして朝日を浴びること
細い路地を歩いてみること
木々に囲まれた場所に行くこと
小説を読むこと
たくさんの本に囲まれていること
木漏れ日のシャワーを浴びること
エッセンシャルオイルを焚くこと
おいしいお酒をほどほどに飲んで、語り合うこと
素敵な人に出会うこと
夜空を見上げること
……etc.

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最高級無添加「カサブミニ(48g)」 [商品番号:bi2391]


最高級の完全無添加「カサブ石鹸」 [商品番号:bi2006]


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モリンガの「トロピコモリンガ石鹸(ベーシック)」100g[商品番号:bi2463]


モリンガの「トロピコモリンガ石鹸(月桃/げっとう)」100g[商品番号:bi2461]


モリンガの「トロピコモリンガ石鹸(フコイダン)」100g[商品番号:bi2459]


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食品、サプリメントなど
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バランスミネラル78(総合ミネラル液100ml) [商品番号:ke3033]

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泡で出てくるエコボトル「泡工房ジュニア」(100ml) [商品番号:ka1016]


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一人でも豊かに生きていける、みんなでならもっと豊かに 

暑い日が続いていますね。今日は夕方少し涼しくなって、夕立が来そうな気配もなかったので、近所の神社まで言ってきました。参道の途中で、ふと頭をよぎった言葉。


「一人でも豊かに生きていける。二人でなら、もっと豊かに生きていける。みんなでなら、さらに豊かに生きていける」


こういう短い言葉は、時々何の脈略もなく浮かんできます。タイミングも予測不能で、本当に突然浮かんできます。脈略はないのだけれど、自分が普段感じていることや考えていることが突然つながりを持って、分かりやすくまとまるような気持ちのよさがある。最近になって、こういう言葉たちをもっと大切にしたいな、と思うようになりました。

というわけで、ちょっと言葉を味わってみることに。「一人でも豊かに生きていける」の部分が気になる人が多いのではないでしょうか。私もいろいろ考えているうちに、だんだん気になってきました(笑)よく言われるのは、「人は一人では生きていけない」というような言葉。その真逆を言っているように聞こえてしまいます。

私としては、特定の関係性に固執しなくても、あるいは人と一緒に行動をしなくても、というくらいにとらえています。少なくとも、あらゆる人間関係を断ち切って山にこもる、というような感じではありません。これは、言葉が浮かんできた時の私の感覚です。

私自身は、比較的自分一人でどんどん動きます。人にお誘いをいただいて動くこともあるし、人を誘って動くこともあるのですが、自分がおもしろそうだと感じたら、一人でもそこに行きます。それを見ている友人から、「俺には絶対できない」と言われることもしばしば。このとき私は、「一人でも豊かに生きて」いるのだと思います。そういう意味です。

ところがおもしろいことに、一人で動いていても、本当に一人にはなれないのです。家を出て、近所の人に挨拶したら、もうそれだけで一人じゃない。行った先にも、やはり人がいます。「大木を見に行く」とか、人がいないこともありますが、それでもそこには自分を引きつけた存在が待っている。そこで、人と関わる、存在と戯れる。コミュニケーションを取り、時には新たに知り合いができたりもします。「一人で」と思っていることが、実は全然一人ではない。最近、このことを強く感じます。

だから、一人になることを怖がらなくていいと思うのです。自分を信頼して、自分自身の感性で動いていくと、すごく豊かになります。特定の人間関係だけに集中するよりも、ずっと濃密な時間を過ごせます。

そして、「一人でも豊かに生きていける」人は、二人、三人でならもっと豊かになるのだと思います。なんだか、素敵ですよね。お読みいただきありがとうございます。

Fuyuhiko
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2011. 08. 14. (Sun) 22:54  [独り言コメント:0  トラックバック:0

水の持ち味、火の持ち味 

占星術の本に、興味深い一節がありました。

「水×水のコンビネーション……(中略)……水はまさしく女性志向のエレメントです。ですから世間一般においても、男性より女性の方がこのエレメントを御しやすいと言えるでしょう。男性にも共感したり、同情したり、人を思いやったりすることがあるにもかかわらず、西洋ではいまだに、男性が自分の感情を表に出したり、泣き崩れる姿を人に見られたりすることがままなりません。その結果、このタイプの男性の中には対極に走る人もおり、その合理的で、超然として、非情なさまは、ほとんど病的と言えるほどです。同じ理由から、水×水タイプの男性、および一部の女性には、感情をまったく表さず、理屈だけに基づいて行動することに誇りを持つ人もいます。」(「月と太陽でわかる性格事典」より)

占星術に詳しいわけではないのですが、ちょっとだけ解説させて下さい。引用元は、太陽星座と月星座の組み合わせから、心理分析をしようとするもの。テレビの占いなどでよく見かける太陽星座のほかに、月星座を使います。12星座は、「火」「地」「風」「水」の4つのエレメント(元素)から成っているとされ、それぞれに特徴を持っています。例えば、蠍座は「水」のエレメント、射手座は「火」のエレメントです。それぞれのエレメントの特徴は、その漢字からイメージされるものに、非常に近いものです。

これ以上あいまいな解説をすると、誤解を与えてしまうかもしれないので、占星術についてはこのくらいにしておきます。ここから先は、エレメントを使った私のたとえと思って読んで下さい。

水と火とは、まったく異なるものです。どちらの方がより優れているか、と考えてみても、性質も役割も違うので、比べようがありません。水が、「人を暖めてあげたい」と思って火になろうとしたって、それは無理な話です。これは、私たち人間にも言えるのではないでしょうか。実際にはこれほど単純ではないにしろ、水と火を比べようとしたり、水が火になろうとしたりといったことは、しばしばあるように思います。

引用した男女差の例は典型的ですが、ある人の性質が、社会的によしとされている基準や周りの期待にかなうこともあれば、そうでないこともあります。後者の場合に、社会的な評価に重きをおいて生きていると、無理に自分の性質を変えようとすることがあるかもしれません。私は、もったいないことだと思います。水には水の、火には火の持ち味があります。無理にそこをねじ曲げようとしても、「病的に」なるだけだと思います。人の良さを認めて、尊重するのは大切なことだと思いますが、自分がその人になろうとするのは、自分の役割を放棄することのように思えるのです。

私もたくさんの素敵な人に囲まれていますが、その良さも、持ち味も人それぞれです。水と火が協力すれば、お湯ができます。お湯に浸かると、火に当たっているだけより、体の芯まで温めることができます。多くの人が自分自身を受け入れて、持ち味を活かしていくことができたら、すごく豊かな世界になりそうだなって、ふと思いました。

Fuyuhiko


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2010. 11. 19. (Fri) 23:28  [独り言コメント:0  トラックバック:0

切なさがこみ上げるとき 

友人との飲み会の帰り道に、急に切なさがこみ上げてきました。同級の友人たちがカップルで歩いている中で、自分は一人で何をやっているんだろう、と。なんで急にこんな気持ちになったんだろう。友人とは言っても、他人は他人、自分は自分、関係ないじゃん。そう思っても、切なさはこみ上げてくるばかり。仕方がないので、途中で少し休憩してから帰宅しました。

なぜか、少しだけ涙腺が緩んできます。アルコールの影響もあるとはいえ、人間ってやっぱりそんなに強くないんだな。そんなことを考えながら温かいスープで気持ちを鎮めて、こみ上げてくる切なさを観察していると、ふと気付きました。あ、この気持ちって、かつて自分に向けられていたあの感情と同じだ、と。

小学校高学年から中学生くらいのころ、私はよく様々な嫌がらせを受けました。当時の私にとって、これは体験辛い体験でした。辛かったこと自体は変わりませんが、今私は、彼らは私がうらやましかったんだろうな、と思います。比較的大きな家に住み、外から見るととても優しい親に育てられ、家に帰れば食べるものがあり、その頃の成績はいつもトップクラスだった私。一方、同じ学校の中には、そうではない人たちがたくさんいました。夕方になるといつもコンビニでたむろしていた人たちは、家に帰っても居場所がなかったのでしょう。授業中に教室を出入りしていた人たちは、授業についていけず、聞いてもなかなか理解できなかったのだと思います。そんな彼らからしてみれば、私の境遇は恵まれたものに見えても、無理はありません。

その時の彼らと同じ感情を自分が経験しているのだと思うと、にわかに気が楽になってきました。ああ、そんなことか、という感じです。彼らに対する私の気持ちは、よく知りもしないで、勝手にうらやましく思われても困る、というものでした。そして、友人のカップルたちも、また思うでしょう。勝手に頭の中で他人の幸せを作り上げて、切なくなられても……、と。

大きな家に住んでいるから、勉強ができるからと言って、幸せだとは限りません。実際、私の家庭では、おそらく人並み以上に大変なことがたくさんありました。たまたまそれが、外からは見えにくかっただけのことです。

世間には、一般に幸せだと思われている基準がいくつもあります。お金がないよりある方が、恋人がいないよりいる方が、借家よりは持ち家の方が、高卒よりは大卒の方が、結婚しないよりはした方が、幸せだと思われています。しかし、私自身が経験したことのないものについては何とも言えないところもありますが、どちらであっても、それぞれにいいことがあり、また大変なこともあるものだと思うのです。

それでも、人間は弱い面があり、他人が幸せそうだったり、自分にないものをもっていると、人をうらやんだり、ねたんだりしてしまうことがあります。「隣の花は赤い」と、ことわざにもある通りです。こんな気持ちになったのは久しぶりで自分で驚きましたが、今日私は、明らかに友人たちをうらやんだし、それで急に切なくなりました。

こういう気持ちになった時、自分を相手と比較して、やっぱり自分はだめだ、と落ち込んでしまう人がいます。また、いろいろなことをして、なんとか相手をおとしめようとする人もいます。私は、どちらもエネルギーの無駄だと思います。私がこのまま切なさの中で落ち込み続けることを客観的に考えると、笑えるほど生産性がありません。中学時代に、私をいじめたことで幸せになれたという人も、一人もいないと思います。

切ない気持ちを自分で受け入れたら、私はずいぶん楽になりました。やったことは単純で、自分の感情を押し殺さずに、こんな気持ちになることもあるんだな、とただただ、静かに観察していただけです。うらやんだり、ねたんだりしてしまうことも、無駄ではあっても、それ自体悪いことではありません。そういう自分の弱さをゆるすことができると、他人の幸せや弱さもゆるすことができるのだと思います。

こうして考えてみて、他人との比較の意味のなさを改めて感じます。幸せの形も人それぞれ。重要なのは、他人の人生じゃなく、自分自身の人生を生きること。結論は、すごく単純なところに落ち着きました。今日考えるきっかけをくれた、友人のみんなに感謝します。

生きとし生けるものの幸せを願って。

Fuyuhiko


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2010. 11. 07. (Sun) 23:42  [独り言コメント:1  トラックバック:0

中島美嘉さんの「雪の華」 

耳の不調のため、歌手の中島美嘉さんがしばらくお休みを取るそうです。好きな歌手の一人なので、ちょっと残念。でも、歌手だって人間だから調子の悪い時もあるでしょう。非常に有名なだけにいろいろプレッシャーもあると思うのですが、ゆっくり休んでもらえたら嬉しいな、と思います。



ちょっと早いですが、今夜のように冷え込む夜には、「雪の華」がよく合います。明日も冷え込むようですので、寄り添える相手がいる方も、今はいない方も、暖かい格好でお出かけください。

Fuyuhiko


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2010. 10. 27. (Wed) 22:42  [独り言コメント:0  トラックバック:0

「自立」について 

上京して以来、私は祖母と同居しています。その祖母が、時々私のことで心配になるようです。「この孫はきちんと自立して生きていくことができるのだろうか」と(笑)。一緒に生活していると、いろいろとルーズな部分が見えてしまうので、それが心配の種になるのでしょう。

私の方はというと、そんなに心配しなくても大丈夫だよ、と笑顔で答えています。あまりに楽観的に見えるので、それがまた心配になるようですが、仕方がありません。実際、楽観的と言えば楽観的です。

そもそも、「自立」って何だと思いますか?「自分の力で生きていくことができる、ということを知っていること」だと、私は思います。配偶者の給料で生計を立てている人でも、自分の力で生きていけることを知っていれば、その人は自立しています。親元で暮らしている人でも、親元を離れても自分の足で歩いていけることを知っていれば、その人は自立しています。自分の力で生きていくことができることを知っていると、特定の状況にしがみついたり、誰かに依存しなくてすむからです。その人自身が選んだ道を歩いていくことができるのです。

リンカーンが奴隷解放令を出した時、一番反対したのは奴隷たちだった、という話を聞いたことがあります。ずっと奴隷として生きてきた彼らは、ほかにどうやって生きていけばいいのか、分からなかったのです。でも、客観的に見れば、彼らにはもっとたくさんの選択肢があったはずです。それと同じことだと思います。

たった一人で生きていくことのできる人はいません。がんばればできると思うかもしれませんが、少なくとも生まれてくるためには、二人の親が必要でした。それに、一人で生きていくことが自立であるとしたら、そんなにさみしいことをわざわざする必要もないでしょう。そして、同じように、何かにしがみついていなければ生きていけない人も、いないと思うのです。自立した人同士が、お互いに助け合っていけばいいだけです。

多くの人が、自立を難しく考えすぎているように見えます。何かができるとか、何を持っているとか、何らかの条件がないと自立できないと思い込んでいます。たしかにそういった条件は、自分の力で生きていくことができるということを知るために役立つのですが、それ自体が自立の条件になるわけではありません。客観的な条件とは関係なく、自分の足で歩いていけるし、それが悪いことじゃないということに気付くと、生きることがもっと楽になると思います。

最後は余談ですが、「障害者自立支援法」という法律が、5年前に作られました。「障害者が自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう」という趣旨で、障害者福祉のサービス、かけるお金を減らす内容の法律です。この法律には、「自立」という言葉に対する、社会的なイメージがそのまま反映されているように見えます。すなわち、誰の助けを借りなくても一人で生きていけることが「自立」であり、それを支援するためにサービスを減らしますよ、というわけです。でも実際には、いわゆる「障害」を持っているとしても、誰かの助けを得て生活しているとしても、その人は自立して生きることができるのです。大事なことは、その上で、どうしたらみんながよりよく生きていけるか、ということだと思います。そう考えれば、自立支援のためにサービスを減らそう、なんて発想にはならないんだけどな、とふと思いました。

Fuyuhiko


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2010. 10. 25. (Mon) 23:48  [独り言コメント:0  トラックバック:0
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