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Fuyuhiko

Author:Fuyuhiko
1989年生まれ、東京都内の大学生です。
好きなこと:
早起きして朝日を浴びること
細い路地を歩いてみること
木々に囲まれた場所に行くこと
小説を読むこと
たくさんの本に囲まれていること
木漏れ日のシャワーを浴びること
エッセンシャルオイルを焚くこと
おいしいお酒をほどほどに飲んで、語り合うこと
素敵な人に出会うこと
夜空を見上げること
……etc.

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最高級の完全無添加「カサブ石鹸」 [商品番号:bi2006]


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モリンガの「トロピコモリンガ石鹸(月桃/げっとう)」100g[商品番号:bi2461]


モリンガの「トロピコモリンガ石鹸(フコイダン)」100g[商品番号:bi2459]


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「恐れ」へのスポットライト 

実際に現場を経験された方の話は、やっぱりおもしろいです。昨日、私が興味を持っている仕事を経験されている方から、直接お話をうかがう機会をいただきました。2つの道に興味を持っているのですが、それを両方経験されている方。お話を聞いて、自分がどういう仕事がしたいのか、かなりビジョンが明確になってきました。本当に感謝です。

さて、今日書くのはそのことではなく……私は今、ある試験を受けようと思っています。自分の進路に大きく関わるものです。結果的にどんな進路に進むかはともかく、試験は受けることを決めました。

数日前に、同居している祖母にそのことを話したところ、とても喜んでくれています。早速神社で合格祈願をしてきてくれたり、こちらが驚くほどの喜び方です。ただ、気持ちは嬉しいのだけれど、どこか自分の思いと離れているな……、と感じていました。

私はどこに違和感を感じているのか、さっき分かりました。試験に合格し、社会的に安定している(と言われている)職に私が就けるかどうか、ということだけに、ものすごく焦点が当たっているのです。祖母がどこに焦点を当てていてもあまり関係ないと言えば関係ないのですが、自分にも同じように考えることを求められているのが分かるので、少々息苦しさを感じています。特に、祖母が神社でもらってきてくれたお札からは、そのエネルギーがかなり強く感じられたので、違和感が放置できなくなってきたのです。

こんな感じだから、うかつにいろんな話ができないんだよなあ、なんて思うところもあるのですが、ぼやいていても仕方がないので、どうしたいか考えてみました。

私自身は、試験の結果自体にはそんなに執着していないつもりです。いや、もちろん受ける以上は、受かったら嬉しいし、そこでできる経験をしたいと思っているから、受けるわけです。だから、もちろん私も、合格することには焦点を当てています。ただ、そのことと、結果に執着することは、違うことだと思うのです。

その試験を受けるのは、その先でやりたいことがあるからです。一方で、自分のやりたいことを実現するには、ほかにもいくつもの道があるとも思っています。一定の試験を受け、特定の職業に就くのは、そのための手段に過ぎません。そしてなにより、自分の歩こうとする道を選択し、行動している「今」自体が、とても楽しいのです。結果がどうであっても、無駄になるものは何もないと、心から思います。だから、合格を目指すけれど、そこに執着しようとは思いません。

これを、祖母に話してみようと思います。分かってもらおうとか、説得しようとは思いません。ただ、自分はこういうスタンスだよ、ということを伝えるだけです。どちらが正しいとか間違っているとか、そんなことではなくて、自分の人生は自分のスタンスで切り開いていく(=支配は受けない)ということを、ただ伝えればいいと思っています。

これは結局、祖母の問題ではなくて、私の問題なのです。本当に私が執着をもっていないならば、だれがどう思っていようと、どんな期待をされようと、「どこ吹く風」という涼しい顔をして、自分のペースで進めていけばいいだけなのです。だけど、実際には、今の状況に息苦しさを感じている。それは、「本当にどんな道でもちゃんとやっていけるのか」という恐れの気持ちが、どこかに残っているからだと思います。祖母を突き動かしているのは、社会のレールから外れるとどんどん不幸になってしまう、という「恐れ」をベースにした観念です。そのエネルギーが、私のどこかに残っている「恐れ」に、否応なくスポットライトを当てる。だから苦しいわけです。

むしろ、祖母には、感謝していいのかもしれません。否応なくスポットライトを当て、あぶり出してくれるので(笑)、自分のどこに消化しきれていない課題が残っているか、一人で考えるよりも、ずっとよく分かるからです。

自分のスタンスについて話をすることは、見えてきた「恐れ」を手放す、という宣言でもあります。こういう宣言は、自分で自分にすれば十分だと、以前は思っていました。今は、そこを照らしてくれた相手にもきちんとフィードバックしたいな、と思っています。自分自身の立ち位置を、改めて確認することにもなりそうです。
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2012. 03. 03. (Sat) 08:20  [日記コメント:1  トラックバック:0

「ハッピーバースデー」を思い出して 

小学生の頃に、青木和雄さんの「ハッピーバースデー」という本を読みました。主人公のあすかにものすごく共感して、涙しました。昨日、そのことを急に思い出し、胸が熱くなりました。

私は、人の心の問題、特に子どもの心の問題には、最近強い関心を持っています。この関心は、中学生以降の自分の経験からくるものだと、ずっと思っていました。でも、そうではなかったようです。この時のあすかへの共感は、たしかに今の自分につながっているのを感じます。

その後、私自身が、あすかに通じるところがあるような経験をすることになります。ある面から見れば、結果的に、未来の自分に心を寄せて涙していた自分。そして今、未来の地点から、再びそこに向き合うために、「ハッピーバースデー」を思い出したような気がしています。

生まれてこない方がよかった人なんているはずがない。それなのに、人は、自分なんて生まれてこない方がよかったと、いとも簡単に信じてしまう。人はみな、生まれながらにして光をもっている。ところが、自分自身に光を見いだすことは、そんなに簡単じゃなかったりする。

あすかは、生まれてきたことを祝福された、光り輝く存在であると、私は心の底から感じていました。そんな風に思わなくていいのに、と何度も思った。だからこそ、あすかにとても共感したのだと思います。

ところが、その何年か後には、自分もそんなことはすっかり忘れてしまうのです。それは、とても大変な経験でした。そんなこと思わなくていい、なんて、そんな余裕はありませんでした。

あすかは、過去にも未来にも、ずっと輝く存在でした。それは、ショックのあまり声を失っても、自分を傷つけても、全く変わらないものでした。そして、ストーリーの後半で、あすかは自己回復を果たしていきます。

あすかと自分自身を並べてみると、「自分を許す」ということがどういうことなのか、クリアーに見えてきました。自分自身はずっと光であったということに気付いてあげること。自分がそう思えなかった時期があったとしても、そんなことには関係なく、ずっとずっと輝いているということを知ること。それが、自分自身への一番の許しではないかと思うのです。

あすかの母親は、幼少期のトラウマのために、あすかをうまく愛することができない、という設定になっていました。母親の葛藤も、ストーリーの中でたくさん描かれています。

私は特に子どもの心の問題に関心があると、書きました。しかし、子どもがさまざまな呪縛から解放されるには、まず大人が解放されていることがとても重要だと、強く感じます。だから、私にとって、自分を許すということは、次世代の子どもたちのためでもあると思っています。

2012. 02. 13. (Mon) 08:26  [日記コメント:0  トラックバック:0

一人でも豊かに生きていける、みんなでならもっと豊かに 

暑い日が続いていますね。今日は夕方少し涼しくなって、夕立が来そうな気配もなかったので、近所の神社まで言ってきました。参道の途中で、ふと頭をよぎった言葉。


「一人でも豊かに生きていける。二人でなら、もっと豊かに生きていける。みんなでなら、さらに豊かに生きていける」


こういう短い言葉は、時々何の脈略もなく浮かんできます。タイミングも予測不能で、本当に突然浮かんできます。脈略はないのだけれど、自分が普段感じていることや考えていることが突然つながりを持って、分かりやすくまとまるような気持ちのよさがある。最近になって、こういう言葉たちをもっと大切にしたいな、と思うようになりました。

というわけで、ちょっと言葉を味わってみることに。「一人でも豊かに生きていける」の部分が気になる人が多いのではないでしょうか。私もいろいろ考えているうちに、だんだん気になってきました(笑)よく言われるのは、「人は一人では生きていけない」というような言葉。その真逆を言っているように聞こえてしまいます。

私としては、特定の関係性に固執しなくても、あるいは人と一緒に行動をしなくても、というくらいにとらえています。少なくとも、あらゆる人間関係を断ち切って山にこもる、というような感じではありません。これは、言葉が浮かんできた時の私の感覚です。

私自身は、比較的自分一人でどんどん動きます。人にお誘いをいただいて動くこともあるし、人を誘って動くこともあるのですが、自分がおもしろそうだと感じたら、一人でもそこに行きます。それを見ている友人から、「俺には絶対できない」と言われることもしばしば。このとき私は、「一人でも豊かに生きて」いるのだと思います。そういう意味です。

ところがおもしろいことに、一人で動いていても、本当に一人にはなれないのです。家を出て、近所の人に挨拶したら、もうそれだけで一人じゃない。行った先にも、やはり人がいます。「大木を見に行く」とか、人がいないこともありますが、それでもそこには自分を引きつけた存在が待っている。そこで、人と関わる、存在と戯れる。コミュニケーションを取り、時には新たに知り合いができたりもします。「一人で」と思っていることが、実は全然一人ではない。最近、このことを強く感じます。

だから、一人になることを怖がらなくていいと思うのです。自分を信頼して、自分自身の感性で動いていくと、すごく豊かになります。特定の人間関係だけに集中するよりも、ずっと濃密な時間を過ごせます。

そして、「一人でも豊かに生きていける」人は、二人、三人でならもっと豊かになるのだと思います。なんだか、素敵ですよね。お読みいただきありがとうございます。

Fuyuhiko
2011. 08. 14. (Sun) 22:54  [独り言コメント:0  トラックバック:0

ただ微笑むだけでいい 

昼間のことを思い出して、僕はひとり、苦笑いを浮かべた。
まさか、たったの2時間であんなに疲れるなんて。

あいつはきっと、他人を変えられると思っているんだろう。
そんなことできるわけないじゃん、と心の中でつぶやいた。

熱いコーヒーをすすり、軽く目をつむってみる。今日はやけに眠い。
体のどこかからエネルギーが漏れていく。そんな感じだ。

ふと、あいつの声を聞いた気がした。
「それって、あきらめだよね」
え、あきらめ?
「そう。変えることができないのなら、今のままでしょうがないってことじゃん」

右の方に、小さなコールドドリンクカップが見える。
透明なカップの底で夕陽に照らされた氷が、目に優しい。
中学生だろうか……今日は何曜日だっけ?
まあいいや。
シャラシャラと、シャーペンの走る音が心地よく、だんだんと遠ざかっていく。

ところどころ剥げかけた床の上から、懐かしい木の香りがした。
何年たっても、生徒会室の匂いは、忘れない。
四角く並べられた机。隅の方で自信なさげに、あの日の僕がいる。

僕は、正しかった。
世界は、正しくないことで溢れていた。
僕は、世界を変えなければならなかった。
僕は、世界を作っている、たくさんの人を変えなければならなかった。

肩に軽く触れ、「大丈夫だよ」とささやきかける。
「世界は変えられないかもしれないけど、君は必ず変われるからね」
僕は彼に、微笑みかけた。
それだけでいい。時期がくれば、彼は自分の力で変わっていく。
そのことを、僕はもう知っているのだ。

心地よい安心感が、彼と僕とを包み込んでいく。

いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。
視線の先に、少し水が入ったカップが見える。
さっきまで残っていた氷も、すっかり溶けてしまったようだ。
人影は、もうない。
僕は気持ちよく、カップを片付けることにした。

あいつが僕を変えることはできない。
そして、僕があいつを変えることもできない。
自分で変わることができれば、それで十分だ。

席に戻り、マグカップを手に取る。
すっかり冷めてしまったコーヒーが、さっきより少しだけ甘かった。


***************************************************

こんにちは!
8月にして、今年初の更新となりました。

昨年末から、自分自身の大きな変化の流れを感じていました。
そして、3月11日に起きた大地震と原発事故。首都圏に住む私も無縁でいることはできず、より深く、自分自身を見つめるきっかけとなりました。目をそらしてきたもの、自分の気持ちをごまかしてきたもの。もはや、そのままにしておくことはできなくなっているように感じます。

今も、いろいろなものに向き合っている途中です。その中で、少し気持ちが落ち着いてきたので、ブログを再開することにしました。これまでとは、少し違った形になるかもしれません。

今日は、初めて短い散文の形で書いてみました。そのほうが、書きやすく、伝わりやすいように感じたからです。私の実際の体験に基づいていますが、具体的な内容はフィクションです。どのようにお読みいただいてもかまいません。

いつも読んでいただきありがとうございます。心からの感謝を込めて。

Fuyuhiko

2011. 08. 13. (Sat) 22:08  [散文コメント:0  トラックバック:0

脱ぎ捨てたもの 

2010年が、間もなく終わろうとしています。振り返ってみると、私自身が、大きく変化した一年間でした。

一年間で、私はずいぶん身軽になりました。家族と向き合い、友人と向き合い、ほかにもたくさんの人たちと向き合ってきましたが、すべてが自分自身と向き合うことにつながっていました。たくさんの出会いが、私を後押ししてくれました。その中で、たくさんのものを脱ぎ捨ててきたのです。

怖いものが少なくなってきたな、と感じます。人はいろいろなことを言うけれど、結局は自分が何がしたいのか、何を選ぶのかなんだということが、分かってきました。頭がSTOPと言い、心がGOと言っているような時、一年前の私なら、ほぼ確実に立ちすくんでいたでしょう。心が動くものがそこにあるなら、とりあえずそこに行ってみればいいと、今は思えます。立ち止まって得られる学びもありますが、それはもう十分経験してきました。もう私には必要ないものを、一つ、また一つと手放し、新たな道を歩き始めています。

2011年が、みなさんにとっていい年になりますように。生きとし生けるものへの、心からの愛と感謝を込めて。

Fuyuhiko


いつも応援ありがとうございます。
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2010. 12. 31. (Fri) 20:55  [日記コメント:0  トラックバック:0
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